ブレークは天才的な芸術家であったが、世に認められることは死ぬまでほとんどなかった不遇の人生を送った。そんな彼が全知全霊をかけて制作したのが『ミルトン(Milton)』である。この作品は今でこそ、偉大な詩編作品として評価を受けているが、当時は全く人々の共感を得ることなかった。その中の一遍が、この「聖地エルサレム」なのである。
 この詩にメロディをつけたのが、イギリス人のヒューバート・パリーである。パリーはエルガー、スタンフォード、ブリテンといった近現代イギリスの作曲家たちの先輩格にあたる作曲家で、ヴォーン=ウイリアムスとホルストは直弟子である。若い頃には有名な保険会社ロイズで働きながら作曲をするという、二足の草鞋を履いていた変わった経歴の持ち主である。1885年、イギリス王立音楽大学の創立とともに教授に迎えられた。「交響曲第2番ケンブリッジ」をはじめとする5曲の交響曲、合唱を取り入れた数々の作品がある。その他に賛美歌として今も歌い継がれている数々の作品があり、英語賛美歌の大家として、その筋では知られた作曲家である。弟子のヴォーン=ウイリアムスが合唱を巧みに取り入れた交響曲的な作品を多く残しているが、その流れを作ったのは師匠であるパリーだろう。そんな彼が目をつけたのが同国人の偉大な詩人ブレークの作品だった。曲は1916年、彼の晩年につけられている。オーケストラと大編成の合唱のための曲であり、イギリスではエルガーの「威風堂々」とともに、非常にポピュラーな曲である。ただし、現在、通常演奏されるのは、後輩筋にあたるエルガーがオーケストレーションに手を加えたものである場合が多い。

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