Hyper-Realistic Sculptures by Jamie Salmon
でも、岡田麿里脚本の露悪的な事件の後の安い救いのエンディングが嫌いなので、峰不二子という女には救いがないと良い。まあ、ルパン三世に続くので、エンディング自体がない可能性もあるんだが。
放浪息子 (2011年)
花咲くいろは (2011年)
あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(2011年)
ここらへん、女の子たちにひどい事が起こるけど、そのラストの救いがすごい安易なご都合主義や精神論だったりするんで、最期に肩透かしになる事が多いんすわー。序盤から途中までのサスペンス感があるんだけど、オチがテキトーに救われちゃったりする事が多く、全体的にしょぼい印象を受ける。嘘っぽく見えるっつーか。
あの花のラストのしゃべり場とか。
とらドラ! (2008年)は見てないんですけどね。
―――岡田さん、撮りながらでいいんですけど、ファーストガンダムで好きなシーンってどっかあります?
え?好きなシーン?
―――印象に残っていて、このシーンが好きだなぁって。
あのね、「太平洋を血に染めて」っていうので、ミハルが死ぬとこ。
で、あれで、アムロがですね、最後に事情がわからずに、ベルファストで乗って来た女の人がいなくなったらしいんだっていうふうに言うだけのシーンがあるんですよ。
普通、昔風のドラマの作り方だったら、主人公ってなにもかも知ってるんですよ。
なんかドラマが起った時に、可哀想なことがあってやってて、俺が受け止めてやるよみたいな。
アムロはまったく、なんだろ、カイのことがわかってなくて、どんな関係かもわかってなくて、主人公として、だったらしいんですけど、ってブライトさんに言って、ブライトさんも状況がわかんなくて、そうか、それはなんか可哀想だったかもしれないな、って言って。
カイの孤独感が、周りの人の優しさと無理解に。
優しさと無理解によって、カイの孤独感が照らされるというのが、もう名シーン!
あんなの俺、見たことないです。
だから、これが庵野君だったら、エヴァとかだったら、クドくやっちゃうんですよ。
敵わなねー、と思って。はい。
その値段でしか買わない奴だけでなく、その値段で売る奴、そんな給料で働く奴も含め、関わってる人全員が腐敗の原因。
そいつらのうち、誰に聞いても「けど、そうするしかなかった」と言うだろうけど。
―――それは富野さんが単純にお金を使っちゃったってことなんですか?
いや、権利があんまり行かないんですね。
日本のアニメ関係ではやっぱり、大当たりした人はいないですよ。宮崎さんでも高畑さんでもそんなにでかい家には住んでいるわけでもないですし。そういう意味では、夢はないですよね。
―――今も、アニメ制作の現場ってきついものなんですか?
んー。あのね、面白いことにアニメ制作って、手を抜けば抜くほど儲かるんですよ。結局、1話につきいくらで予算が出るじゃないですか。そしたら、手の抜き方がわかってたら、ちゃんと利益って出るんですね。で、そうじゃなくて、面白くしたいって思えば思うほど手間が掛かるじゃないですか。でも手間が増えたからって予算が増えるわけじゃないんで、面白いアニメに限って、みんな貧乏な思いをするんです。
一時期シンエイ動画、ドラえもんとかやっているところはそこそこお金になると言われたんです。それはどんな複雑なことをやろうとも、線が単純だから。やっぱ、ちゃんとギャラが、生活費が出るわけですよね。でもそうじゃなくて、ガンダムとかエヴァとかマクロスにしても、線が複雑なアニメで自分たちがやりたいものを作ったら、やっぱり食えないですね。
―――まあオネアミスもそうですよね。(笑)
そりゃもう、予算が一定なのに、手間掛けちゃいけないのはわかってても、それやりたくてアニメの現場に入っているんだから。
―――オネアミスは素晴らしかったですけれども、そうやって回んねぇぞコレっていう話になって、トップに続いていくわけじゃないですか。トップは、でも結構回収されてたんですよね?
いや。トップもだめ。だから、オネアミスで作った赤字を、トップでさらに拡大させて。結局回収したのはパソコンゲーム作った時ですね。
ナディアでも更に赤字拡大したんですよね。
―――ナディアもそうなんですか。
はい。もちろん!(笑)
もちろん!アニメで黒字なんか出したこと、たぶん未だにないと思いますよ。宮崎さんですら、アニメで黒字を出したのは魔女の宅急便からですね。
それぐらい、やっぱ儲かんないですよ。
―――全然違いますけど。僕が行っている英会話の学校で、フランス人の子がいて、フランスで「ふしぎの海のナディア」が超メジャーだと言ってて、他にもいろいろなアニメをやってはいるんですけれど、海外に持っていって、またうけて、そして入ってくるというのは?
そういうのは・・・
ないです。だってあれ、NHKの作品ですからね。
NHKがNHKエンタープライズに外注して、NHKエンタープライズが総合ビジョンに外注して、総合ビジョンが東宝に外注して、東宝がグループタッグに外注して、グループタッグがガイナックスに外注してるんですから。僕たちは曾々孫受けですから。権利なんて見たこともないですよ。あれ、幻なんじゃないですか。著作権ていう幻の生物ですよ。ツチノコみたいに。見たことがあるっていう人もいるんですけども。グループタッグでも誰も見たことが無いって言いますから。
―――見てるほうからしてみると、ナディアはガイナックス、イコール、みたいな感じなんですけど。その辺がいっぱいあって。
それはAKB48はテレビにいっぱい出てるから儲けてるんでしょ、と言われるのと同じです。秋元さんが全部持っていきます。という感じで、NHKさんが全部持っていきます。はい。そんな甘いもんやおまへんで。ハイ。
しかも、僕のデザインまで採用されちゃったんです。これが、メカデザイナー岡田斗司夫の作品です。 このギラ・ドーガの発進シーンを見ると、やっぱり富野さんはセンスいいなぁって思いますね。発進するとき、カタパルトの端っこに小さく人がいるというセンス、バツグン!かなわないなって思います。 ブリッジ・コクピット・発令所という三カ所で会話が展開すると、この宇宙戦艦の中には他にも色々人がいるんだなとわかるんです。 そのツボを押さえられる富野さんって、やっぱり上手い。 『トップをねらえ!』にしても僕たちがやるとくどくど見せちゃうんですね。たとえば、宇宙船の中に通路をわざわざ描いて、そこに人がいることで他に人がいることを見せたり、ブリッジの背景に人がいることを見せたりするんです。
なぜかなわないかというと、あの位置に人間を置くことで、宇宙戦艦のスケール感が出るんですよ。スケール感を出すためには対比物が必要なわけです。大きさが実感できるものと対比して描かないと。大きいってわかんないですからね。
そのために宇宙戦艦のブリッジに人を立たせるのはよくやるんだけど、そうするとブリッジ周りでしか巨大感は出ないんです。宇宙戦艦のカタパルト先端に小さい部屋、たぶん発令所をおいて、その部屋一杯一杯の人物を置くことで、急に宇宙戦艦の大きさが出ます。
あとですね、ロボットの発進シーンって気を抜くと人間の演技がどんどん少なくなっていくんです。コクピットの中とブリッジの会話だけで演出が流れていきがち。
でもあそこに窓があってむき出しの人間をちょっと置くだけで、発令所との会話もしなくちゃいけなくなります。
ほんの一言会話があるだけでも、台詞のあるメイン・キャラクターだけがいるんじゃなくて、この戦艦には何百人も乗ってるんだなというスケール感が、そこはかとなく出るんですよ。
他の人はそれが出来ないのかっていうと、全然できないわけじゃないです。でも、ワンカットで表現するのは難しい。
富野さんは、今みたいに流れの中でワンカット入れて一言台詞言わせるだけで、そのスケール感をぐんと出しちゃうんです。そこら辺がうまい。三次元的な演出っていうか、人物の配列の仕方に特有のセンスがあるんですよ。
十年くらい前、『モノ・マガジン』★という雑誌で日記を連載していた時に、黒澤明(一九一〇~一九九八)が死んだという事件があった。で、その時の日記に「死んだのは悲しいけど、残念じゃない」という話を書いたんです。
マスコミがこぞって「まだまだ作品を作れた」「残念だ」という大合唱だったので、本当に残念なのかな?という天の邪鬼な部分もあったんですよね。
「いま騒いでる人の何割が、黒澤明の次回作を待っていたのかな?」と気になっちゃうんですよ。『七人の侍』(一九五四)や『用心棒』(一九六一)に昔感動した人たちって、別に黒澤明の新作を待っていたわけでもないんですよね。『まあだだよ』(一九九三)を見たかどうかも怪しいのに、「偉大な才能を失った」「残念だ、残念だ」って大騒ぎする人たちが大嫌いなんですよ。
本気で偉大な才能と思うなら、『まあだだよ』とか、『夢』(一九九〇)とか見てやれよ。黒澤明って、後期にも作品いっぱいあるんだから。最後まできちんと見るべきでしょ。
僕の中では、富野由悠季は未だに正当に世界に評価されてないんですよ。
世間での評価も不当であるなら、それ以上にアニメファン内での評価も不当だと思う。作詞家としてもすごい才能を持ってるんだけど、これまた評価されていない。
アニメ夜話の公開収録で新潟行ったときも、『イデオン』の話が出る訳です。そしたら、それを見た人がブログで語るんです。「トミノ御大の作品だから、いずれ見なくてはいけないけどまだ未見である」って書き始めるわけです。
トミノ御大という言い方を、富野ファンはよくするんですよ。そう書くからには、この人はガンダムとか富野さんが好きな人です。「富野さんの発言を私はウォッチングしてますよ」もしくは富野ファンの間のジャーゴン(業界内用語)を私は使えますよ、みなさんの仲間ですよというサインです。
そんなヤツが「トミノ御大の作品であるイデオン(『伝説巨神イデオン』。一九八〇)を未見であるが」って書いてるんです。何をえらそうに! もっと恥ずかしそうに言え、てめぇ!
だって『イデオン』だよ? どのガンダムが一番好きかとか、そういう好みの差があるのは認めましょう。たとえ、『ダブルオー』が好きだろうが、『SEED』が好きだろうが、人間は平等であると法律で決められている以上、責めはしません。
でも、トミノ御大って賢しらに言っておいて、未見であるという作品が『イデオン』って、お前それ正気ですか?
「未見であるが」ってブログに書く暇があるんだったらTUTAYAに行けよ!
『逆襲のシャア』(一九八八)のメカデザインという仕事が舞い込んできました。これはサンライズを併合しつつあったバンダイが、ガイナックスになんか仕事やらないと、本当にあいつらら倒産しちゃうよ、という気遣いで回してくれた仕事です。
最初は、主役メカ・ガンダムのデザインコンペだったんです。『逆襲のシャア』で、新しいガンダムのデザインを募るという。その中から良いデザインを選ぶシステムです。
デザインは、本編で使わなくてもお金はくれるという約束でした。そこがガイナックス救済ということだったんですね。
それまでのガンダム作品はコンペじゃなくて、大河原(邦男)さん(一九四七~。『機動戦士ガンダム』のモビルスーツをデザイン。日本初のアニメのメカデザイナーとしても有名)★とか、富野さんが指定したメカデザイナーがデザインしてたんですけど、いろんなガンダムを出したいバンダイが「今回からちょっとコンペをやってみよう」って事になったんですね。
バンダイからその話が出たとき、富野さんは「ガイナックスという会社があるんですね」って。知ってるくせに知らない振りして「見たこともありません」って言ったそうです。嘘つけ!(笑)
で、デザインの発注を頂きました。ガンダムのデザインと言ったら、当然庵野です。
「庵野君、ガンダムのコンペって話が来てるんだけど、どう?」って言ったら庵野が「やります」って言うんで任せたんです。
ところが庵野君、締め切りギリギリまで引き延ばして、最初のガンダムにそっくりの絵を、安彦さん(─良和。一九四七~。『』の絵コンテやカッコのキャラクターデザインなどを手がける。漫画家デビュー作『アリオン』のアニメ化では監督も務める)★が描いたタッチそっくりに描いたんですよ。監督に出したら富野監督、涙を流して怒ったそうです。
「こいつは俺に何を言いたいんだ!」
つまり庵野君のメッセージは「ガンダムは最初のガンダムで充分で、それ以外のものは作る必要もない」というネガティブなものだったんですね。
僕にしてみれば、なんでそんなのを提出するのかワケがわからなかった。
なぜあそこまでそっくりにガンダムを描くのか、情熱をもって描けるのか。富野さんが嫌いじゃないのになぜそれを出せるのか。さっぱりわかんない。
ひょっとして「あえて苦言を呈す」みたいな気持ちがあったのかもしれないけど、あえて苦言を呈す人間があんなに嬉しそうに描くがないと思う。散々原画集見て、ほんとに嬉しそうに「安彦さんはこうだー!」って。
それを見てなぜ富野さんが涙を流して怒るのかもよくわからなかったです。未だに聞けないんですよ。この間会ったときも「『逆シャア』の時はどう思ってました?」という話も出なかったぐらいですから。
残念だけど、作家には旬があると僕は思います。 しかも、年を取って発言力が多くなってくればくるほど、作品の作り方はある程度自由に出来ちゃう。すると、だんだん自分が作りたい作品ばかり作るようになってしまう。そう言えば聞こえはいいんだけど、世間と微妙にずれた作品になっていっちゃうんです。 作家主義で見ると、世間とずれた作品になるのは悪い事じゃないです。その作家が本来目指す作品なんだから。 そう考えると、黒澤明が死んだ事は、黒澤明の家族や、黒澤明の友達にとってはすごく不幸なことで、お悔やみ申し上げるんだけど、いち映画ファンとしては、あんまり残念じゃないなあ。って書いたんですよね。
でも作家というのは、ヒットすればするほど作る環境が整ってきて、発言力が増えていって、引退時期を見失ってしまうんです。
それに、日本では作家が自分のことを作家とは思いたがらない。「自分は作家先生なんていう偉い存在じゃない。生涯いち職人だ」と考える人が多いんですよ。これは、日本人特有の謙遜と勤勉の美徳だと思うんですけど、ますます引退しないんですね。
手塚治虫さんも、病室で最期まで原稿描いていました。
これは美談であると同時に、一種の呪いなんですよ。漫画家としてデビューしちゃったら、仕事がなくなるまで描いてなきゃいけないし、仕事がなくなる事が死ぬより怖い。
これがあらゆる漫画家が持ってる感性なんです。大ヒットを出したら引退して、優雅に印税生活なんて考えている現役漫画家は、一人もいないんですよ。
今より少しだけ暇になりたいと思っている漫画家はいます。
でも、あらゆる漫画家も映画作家もアニメーターも、多分小説家もそうだね。僕みたいな怠け者ですらそうだもん。死ぬまで働きたくてしょうがない。
働けなくなった時や注文がなくなったときに飢え死にするのは美しいんだけども、引退なんかとんでもないと考えちゃう。死ぬまで作品を作り続けてしまう。
でも作品ってやっぱりその時期の世界や観客と対話してなんぼのもんだと僕は思うから、対話を目指しているはずの大衆娯楽が、明らかに対話できなくなってる状態は不幸だと思います。
アカデミー賞ももらったし、もう充分作品は作ったんだし、とっくの昔に「常に最新作を作り続ける」という呪いから解き放たれてもしかるべしだったんだから。
僕よく言ってるのは、女の子で、男の子にモテたかったら、ガンダム語れるようじゃないとダメだよって言ってるんですね。
女子は、とりあえずモテたければガンダム語れるようにしろと。それでないと、君たちが狙ってるような頭が良くてそこそこ金回りのいい男は全員ガンダム語れると。
ガンダム語れないヤツがGTOとかそんなの見てるから。
―――個人的にはグレンラガン好きでしたけどね。ドリルが好きだっただけですけど。(笑)
グレンラガンとかガオガイガーにしても、昔あった自分たちのものをもう1回というやつなんですよ。だから島本和彦の臭いがするんですよ。
(大爆笑)
ヒドイ。島本君ゴメン!(爆笑)
―――島本さんは今、全然おもしろいじゃないですか。
おもしろいです。いや、でもこないだ、西原理恵子の画力対決で、あのう散々に言われてた。お前はしょせんビッグマイナー。1回ぐらい賞を取ったら?とか おや、この中に賞を取っていない漫画家がいたんですかって。(笑)
―――言われていましたね。
スゴイ面白かったな。
―――島本さんってもういいお歳ですよね?
そうですね。僕より1コか2コ下ですから、もう50いくつですよね。
はい。
なのに。なのにあんな大人気ない漫画描いて。(笑)
―――散々出てるじゃないですか岡田さんも。
出てる出てる。島本君が描いたガンダム、すっごい面白いですよね。
―――Gガンダム、今やってますよね。
いやあのね、「あしたのガンダム」って見たことある?
―――「あしたのガンダム」?
バカですよ、明日のジョーなんですよ、簡単に言うと。(笑)アムロ君が補導されて、ホワイトベースという名前の少年院に放り込まれるんです。そしたらみんなが「ふっふっふ、来たぞ来たぞ。たっぷりいたぶってやる」って。バカー(笑い)。あれ? 島本君じゃなかった。あれは…、トニーたけざきか。
―――トニーさんですね。
あれ? でも島本君もガンダムネタで同じようなひどいのを描いてなかったっけ? それと混乱してます。(注:島本和彦先生であってます。短編のようですね)
―――でも、最近ああいう感じでパロっている人たちいっぱいいますよね。
それもやっぱり、パロる時は初代になっちゃうんですよね。
―――そうですよね。
僕らにとっても最初のガンダムは、忠臣蔵とか新選組と同じで、血液の中にあのストーリーが入っているんでしょうね。坂本竜馬と同じように。歴史と一緒にするなと怒る人がいるかもわからないですけれども、坂本竜馬にしたって歴史じゃないですからね。司馬遼太郎が造った人物であって。
―――正直、DNAレベルと言ったらナンですけど、完全に刷り込まれちゃってますよね、ガンダムに関しては。
なのに富野さんはプール付きの豪邸に住んでいないという。かわいそうさが。昔から本人が言っている通り。「僕がプール付きの豪邸に住まないとダメなんです」。そうだろうなあ。(笑)
―――「夢が、見られないです!」
「夢が、見られないです!」
―――それは富野さんが単純にお金を使っちゃったってことなんですか?
いや、権利があんまり行かないんですね。
日本のアニメ関係ではやっぱり、大当たりした人はいないですよ。宮崎さんでも高畑さんでもそんなにでかい家には住んでいるわけでもないですし。そういう意味では、夢はないですよね。
―――今アニメ作りたいって言う人ってどうなんですか。若者って結構増えてるとか減ってるとか。
自分で一人でとか二人で作るのが一番確実ですよね。アニメ作りたいって言って、テレビシリーズで今自分が見てて好きなものっていうのを同じようにやろうとしても無茶ですね。
それはなんだろうな。自分が気持ちいい部屋っていうのを作れって言ったら、じゃあ、六本木とか渋谷とかにあるカフェみたいなものを自分で作ろうと思ったら、もう何億もかかっちゃいます。そうじゃなくて、今の自分の部屋を住み良くするっていうのが成功だと、正解だと思うんですね。それと同じようにアニメ、自分が好きで今テレビシリーズでやってるから、あんなの30分アニメやろうと思ったら絶対できないですからね。それよりは5分とか15分でもいいから一人で作れるものとか、2、3人で作れるものっていうのを小さく作って発表して、評判になったら徐々に予算をあげて、というのがいいはずです。
―――じゃあできますもんね、パソコンがあるから。
多分僕らは、もしあれが自分が子供のころにあったら、やってたんですよ。
―――ですよね。
あんな手っ取り早いツールがあってニコ生もあるのに。なんでやらない。
―――パソコンで作って、あげれば、世界中の人が見てくれて、評価されれば確実に。
そうですね。
―――じゃあアニメ作りたいやつはとにかく自分で作ってみろよと。
アニメじゃなくて紙芝居でもいいはずなんですよ。昼間のうちに絵を20枚くらい描いて、それを出して、友達の女の子とかに交互にストーリー読んで見せてもらうだけでも、それが面白かったらだんだん絵が増えるはずですから。
―――そういう中からまたガンダム的なものが出てきますもんね。
うーん、そういうのが毎晩毎晩、何千何万と溢れるようになったら、そこから化学反応が生まれると思うんですけども。まだ、その、何でしょうねぇ。化学反応を生むには要素が少なすぎますよね。そのテレビっていうか、アニメが映画館の小屋でしか見れなかったのがテレビっていうものを与えられて、毎週毎週何十本もやるようになってからテレビアニメって言うのが加速したのと同じように、僕らはようやっとネットでアニメ見るようになって、ネットに住んでる人たちが自分でアニメ作るようになってから、まだ何年かしか経ってないんですね。それらがまだ溢れてないので、もうちょっと待たないと駄目だと思います。
―――もうちょっと待って成熟してきて、そこから何かが出てくる。
毎晩毎晩くだらないものを山ほど見るようになったら、そこから何かでてくると思います。だってガンダムも出てくるようになるまで僕らはどれだけつまらないアニメを見なきゃいけなかったか。そんな「空爆ロボ グロイザーX」とかって。「氷河戦士ガイスラッガー」とかって、あんなくだらないアニメ山ほど見た後で、やっとガンダムが出てきたんですから。
―――あのころひらがなで「てれびまんが」でしたからね。
そうそうそう。てれびまんがでしたね。
―――てれびまんが時代を過ぎたからこそ、そこがこう、熟成されてカオスになってアニメになって。
まだまだ鷹の爪団しかないような状態では駄目ですね。
―――日本の作品では何かないですか?
日本の作品では「ALWAYS」が良かったな。この路線でガンダムが作れないものかと思ったら山崎監督が「宇宙戦艦ヤマト」を作りましたね。それでヤマト見たらわかった。「お前やっぱりヤマトじゃない。ガンダムだ」と。人情もので、泣けるガンダムっていいと思いません? ヤマトをやろうとしたから無理があったんですね。そうじゃなくて、ガンダムでいいんですよ。次にガンダムやってほしいのは山崎監督かな? 日本だったら。
―――それはアニメじゃなくて実写の?
そう。
―――アニメではもういいんですね?
アニメではもういいです。(笑)
もう見るものは見尽くしましたから。
日本が作れるアニメで、こっから先で、美少女はまだいくらでもやりようがありますけれども、ロボット表現はもうないと思いますね。巨大ロボットの表現は。ここから先入れるものは空気感とか巨大感とか、すべて3DCGの方が面白くなるものばかり。ですからねぇ。で、このぅ、そうですねー、エヴァがたぶん最後なんだろうなぁ。巨大ロボットとして面白いのは。
![yoshinani:
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